小説と映画の狭間

Posted by Ken on 17th, 2008

映画と小説、同じ作品を観て、読んでいて気づいたことがあった。

今回の2作品(最下部参照)はどちらも映画→小説という順のため、
「えっ、そんな設定もあったの?」とか、
「へ~、そうだったんだ~」とか思いながら読んでいる。

こんな風にいくつか違いに気づき、なんで映画では違うんだろう?と思ったら思い浮かんだことが2つ。

  • 評価が大きく変わりそう
  • 視点を統一するため

きっと、映画化にはもっともっといろいろと変えたり、ある基準に沿わせた方がいいとか、いろいろとあるんだろうけど、素人目にはこんな感じ :smile:

評価が大きく変わる件は、
「あれがなかったらよかったのに」とか、
「一般市民が見る映画にはタブーでしょ」とか、
「倫理的にどうなの?」みたいなこと。
そこの設定がぼかされてる。
映画からも読み取れないわけじゃないけど、そこまでは読み取らないかなぁ~って気がした。
だって、上記のような感想が出そうなこと、自然とそっちを読みに行かないと思う。

視点を統一する件については、映画で視点(彼視点から彼女視点とか)が変わると感情移入とか、誰の立場で入り込めばいいのかとか、視点をどこにおいて見ればいいかわかんなくなりそう。
しかも、2時間くらいの間に何回もそれをやられたら観づらそう。
エピローグのあたりで視点を変えて・・・っていうのならわかりやすいんだと思った。
小説と映画の構成の違いなんだろうなぁ~。

そんなことがちょっと新鮮な小説でした。

tada,kimiwoaishiterurenaishashin
ima, ainiyukimasunovell

2 Responses to “小説と映画の狭間”

  1. tokitsu

    俺の場合は小説→映画のシチュエーションが多いな。
    大体拍子抜けがほとんどなんだが、「西の魔女が死んだ」だけは
    本でまったく泣けなかったのに、映画でおばあちゃんがでた瞬間に泣いた(爆)


  2. Ken

    それ観たこと無いです&タイトルしか知らなかったのでオフィシャルサイト行ってみました。
    “おばあちゃんがでた瞬間”って、違う意味で泣いてないですか?(笑)


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